駅弁大学(えきべんだいがく)は、戦後にできた地方の国立大学を指す呼び名です。
大学群というより、あだ名です。それも、ほめていないほうのあだ名です。
「駅弁を売っている駅のある町には、必ず大学がある」。戦後、国立大学が全国にいっせいに作られたことを皮肉って、評論家の大宅壮一が言った言葉とされています。
70年以上前の皮肉です。それが今も、地方の国立大学に通う人や、目指す人のあいだで使われています。
「駅弁大学」は月に2,400回、「駅弁大学とは」は1,300回検索されています。
駅弁大学の意味と由来
辞書では、戦後の教育改革でたくさんできた新制大学を皮肉った言葉で、評論家の大宅壮一が作った語だと説明されています。
背景にあるのは、戦後の大学の作り方です。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1948年 | 文部省が「一府県一大学」の原則を発表。同じ地域にある国の学校を合併して、1つの大学にする方針 |
| 1949年 | 69の新制国立大学が、いっせいに発足する |
| 1951年ごろ | 大宅壮一が「駅弁大学」と呼んだとされる |
| 現在 | 国立大学は85校 |
戦前、国が作った大学は数が限られていました。帝国大学が7つと、いくつかの単科大学です。
戦後、それを大きく変えました。各県にあった師範学校、高等学校、専門学校などをまとめて、県ごとに1つずつ国立大学を作ったのです。
1949年に、69の国立大学が1度にできました。1年で69校です。
それまで「大学」といえば限られた人の行く場所だったのが、急にどの県にもあるものになりました。
大宅壮一は、それを駅弁にたとえました。大きな駅ならどこでも売っている。ありがたみがない。そういう意味の皮肉です。
元の言い回しは、資料によって少しずつ違います。「駅弁を売る駅のある所必ず大学あり」とするもの、「急行の止まる駅に駅弁あり、駅弁あるところに新制大学あり」とするものがあります。
どれが正確な原文なのかは、はっきりしません。70年以上、人から人へ伝わるうちに、言い回しのほうも何種類かに増えました。
どこまでが駅弁大学なのか
「駅弁大学 一覧」「駅弁大学 どこ」という検索があります。ところが、どの大学が駅弁大学なのかは、決まっていません。説明する人によって、範囲が違います。
| 考え方 | 駅弁大学に入らない大学 | 駅弁大学に入る大学 |
|---|---|---|
| 広い | 旧帝大の7校だけ | それ以外の地方国立大学すべて。金沢、岡山、広島、千葉なども入る |
| 中くらい | 旧帝大と、戦前から大学だった一橋・東京科学・神戸など | 戦後に新しく大学になった国立大学 |
| 狭い | 上に加えて、筑波・広島・千葉・金沢などの有力な大学 | 「県の名前+大学」という名前の、各県に1つずつある国立大学 |
いちばん広い考え方では、旧帝大以外の地方国立大学は、ぜんぶ駅弁大学です。40校近くになります。
狭い考え方では、有力な大学は外されます。金沢大学や広島大学の人は、「うちは駅弁ではない」と言うことがあります。戦前から大学や医科大学があった、という歴史を理由にします。
ここで起きているのは、いつもの序列の話です。「駅弁大学」という大きなくくりの中で、「自分は駅弁ではない」と言える線を、それぞれが引こうとしています。駅弁の中でも、幕の内と、そうでない弁当を分けたいわけです。
決める人がいないので、線は引く人の数だけあります。確かなのは、旧帝大の7校は、どの考え方でも駅弁大学に入らないということだけです。
知恵袋でも、定義が聞かれている
駅弁大学の定義とはなんですかよろしくアドバイスお願いします
定義を聞いています。2026年7月の質問です。
定義は、ありません。もともと評論家が口にした皮肉で、制度の言葉でも、受験業界が作った分類でもないからです。「どこからどこまで」を決めた人がいないまま、言葉だけが残りました。
駅弁大学と言われますが、金沢大学(理工系)に入れたら、そこそこだと思っておいていいですか?
「駅弁大学と言われますが」という前置きが付いています。
金沢大学は、地方の国立大学の中では上位とされる大学です。入るのは簡単ではありません。
それでも、質問するときに「駅弁と言われますが」と断っています。
駅弁大学という言葉は、言われる側が先に口にする言葉になっています。人から言われる前に、自分で言っておく。
70年前の皮肉が、今は自己紹介の前置きとして使われています。
駅弁大学の中にも、大学群がある
「駅弁大学 ランキング」という検索が、月に260回あります。駅弁大学の中での順番を知りたい、ということです。
地方の国立大学には、いくつかの大学群の呼び名があります。広い意味での駅弁大学を、難しさで分けたものです。
| 大学群 | 大学 | 記事 |
|---|---|---|
| 金岡千広 | 金沢・岡山・千葉・広島 | 金岡千広とは |
| 5S | 埼玉・信州・静岡・滋賀・新潟 | 5Sとは |
| 電農名繊 | 電気通信・東京農工・名古屋工業・京都工芸繊維 | 電農名繊とは |
| STARS | 島根・鳥取・秋田・琉球・佐賀 | — |
金岡千広がいちばん上、その下に5S、さらに下にSTARS、という順番で語られることが多くなっています。
大宅壮一は、戦後の国立大学をひとまとめにして「駅弁」と呼びました。どれも同じようなものだ、という意味です。
70年たって、その「同じようなもの」の中に、細かい序列が作られました。ひとまとめにされた側が、自分たちで上下を付け直したわけです。
日本人は、まとめて呼ばれると、その中で順番を付けずにはいられないようです。
駅弁大学は、恥ずかしいのか
「駅弁大学 恥ずかしい」「駅弁大学 すごい」。
正反対の言葉が、どちらも検索されています。
国立大学は、共通テストで6教科を受けたうえで、2次試験を受けて入ります。私立大学の3科目の入試とは、準備の量が違います。地方の国立大学に入った人は、少なくとも6教科をひととおり勉強しています。
一方で、東京の人は地方の国立大学の名前をあまり知りません。地元では「国立に受かった」と親戚じゅうにほめられた人が、東京の会社に入ると「どこにある大学?」と聞かれます。
地元での評価と、東京での知名度のあいだに、大きな差があります。
駅弁大学という言葉は、その差を言い表すのに、ちょうどよかったのでしょう。
地元では一番、全国では「どの駅にもある」。大宅壮一の皮肉は意地の悪いものでしたが、言い当てている部分があったから、70年も残りました。
ちなみに私は京都大学の出身で、旧帝大なので駅弁大学には入りません。
まとめ
- 駅弁大学は、戦後にできた地方の国立大学を皮肉った呼び名。評論家の大宅壮一の造語とされる
- 1949年に、69の新制国立大学がいっせいに発足したことが背景
- どの大学までを指すかは決まっていない。旧帝大の7校は、どの考え方でも入らない
- 駅弁大学の中にも、金岡千広、5S、STARSといった序列が作られている
駅弁大学は、70年以上前に、1人の評論家が言った皮肉です。言った本人はとうに亡くなり、当時の駅弁を覚えている人も少なくなりました。言葉だけが残って、今年の受験生が検索しています。大学の序列を表す言葉は、1度広まると、作った人より長生きします。
出典
- 言葉の意味と由来: コトバンク(デジタル大辞泉、精選版 日本国語大辞典)
- 1949年の新制国立大学の数と一府県一大学の原則: 文部科学省「学制百年史」、国立大学協会 沿革
- 現在の国立大学の数: 国立大学協会
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